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福岡・佐賀旅行5日目です。

吉野ヶ里遺跡へ行きます。

●吉野ヶ里歴史公園
神埼郡吉野ヶ里町田手1843、9:00〜17:00開園(6月〜8月は1時間延長)、入園料460円。12月31日及び1月の第3月・火曜日休み。吉野ヶ里公園駅から徒歩10分。ルートは無数にありますが、特急を使わなくても博多駅から1時間強、佐賀駅から30分強で到着します。
弥生時代の集落跡を保存・復元し、公園として整備しています。最近は下火ですが邪馬台国だったという説もあります。117ヘクタール(東京ドーム25個)という敷地を誇りバスが巡回するほど広大ですが、単なる公園となっている場所もあるため、無理してすべてまわる必要はないでしょう。

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吉野ヶ里公園駅。
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コインロッカーは小×10個、大×3個しかありませんが、駅下のコミュニティホールや吉野ヶ里歴史公園で預かってくれるので荷物に悩まされることはないでしょう。

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こういう看板が頻繁に立っており、公園への最短ルートで歩行者専用道路を作ってくれているので迷うことはないはずです。

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ようやくついたのでまずは入り口前のレストランで腹ごしらえ。1日30食限定の古代貝汁定食(1500円)。弥生時代の食事をイメージしており、有明海のアサリやムツゴロウやノリ、佐賀県産のみつぜ鶏や赤米や米、佐賀県で作られた羊羹がそろっています。
一見話題作りのために作られた安直なメニューに見えますが、地元の食材を使用しており作りも丁寧で優しい味。器もそれっぽくていいですね。

ちなみに売店で器を売っていたので衝動買いしました。有田焼の窯元との共同開発商品らしいです。見た目はチープですが540円と激安。

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逆茂木。集落を守るためのバリケード。

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弥生くらし館内部の作業スペース。
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甕棺を1個復活させるのに3〜7日かかるそうです。

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南のムラ。庶民が住み、支配層の生活を支えているエリアです。
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竪穴式住居。内部で飲食可能な住居とNGの住居があります。
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いくつかの家族とムラ長でムラが構成されており、それを王や司祭者などの支配者層が束ねているようです。一家族でも、家長の家、老夫婦の家、息子夫婦の家、など数件の家を持っています。ムラ長は住居だけでなく集会所や高床式倉庫も持っています。
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遠くに見える南内郭。複数の物見やぐらと柵を持ち、指導者(王の一族や王に仕える「大人(たいじん)」)の生活スペースと考えられています。
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南内郭。
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外交管理を行う「大人」の家内部。建物としては普通の竪穴式住居です。ここは海外からの使者と面会している場面。自分の家が面会スペースになっているの、仕事とプライベートが分けられていなくて嫌ですね。
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王の家。屋根に装飾がついており周りに柵がある以外は普通の竪穴式住居。
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王の家内部。
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枕元に力を誇示する品があります。建物は庶民と変わらなそうです。
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王の妻の家。こちらも家としては普通の竪穴式住居。個人の家を持つのはさすが支配者の妻といったところですが、王の妻でも機織しないといけないんですね。ちなみに外で機織することもあるそうです。
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煮炊屋。王や大人の食事を作るスペース。近代的な小屋の形。
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軍事や土木工事を管理する「大人」の家。道具のでき具合を確認している場面だそうです。自分の家が作業スペースになっているの、仕事とプライベートが分けられていなくて嫌ですね(2回目)。
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ここで南内郭の外に出ます。

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市で使う食物を治める倉。
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市を治める市長(いちおさ)の住居。遠方からの来訪者が挨拶に来るそうです。
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市楼。市に参加する許可の交付したり市場開催の合図の太鼓を鳴らしたりなど、市を管理しています。
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兵士住居。南内郭の外にある市を守る兵士が暮らしています。
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兵士住居付近から見た南内郭。こうして見ると、兵士住居付近を突破して物見やぐらからの攻撃をかいくぐりながら柵をのぼらないといけないのでなかなか万全の防御体制に見えます。
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物見やぐらから見る倉と市。兵士が上から市の様子を監視していたそうです。

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中のムラへ移動。中のムラは司祭者や司祭者に仕える者が祭りの準備や道具製作をしてくらしていたと考えられます。これは蚕を育てている家。弥生時代の時点で棚や網を作成して整然と蚕を並べて飼育する体制が整っていたんですね。

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中のムラの北内郭前にある倉。祭りや儀式で使う食物を収める場所。

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北内郭入り口にある東祭殿。北内郭の中心線である夏至の日の出と冬至の日の入りを結ぶ線上にあることから季節ごと儀式のための施設と考えられています。何度も建て直された形跡があるため祭りのために建てられていたとも推測されています。
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物見やぐらからみた北内郭。
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高床住居。司祭者が住んでいたと見られます。P8145276
司祭者は人前に姿を現さず、窓のない建物で昼も明かりを灯していたとされます。司祭者は神の近くにいる存在のため、王より高く、王より北(北ほど偉い方角とされていた)にある建物に住んでいました。
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祭殿。
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祭殿2階。支配者層によるクニの重要な集会などが行われた政治の中心地。王や周辺のムラの長が集まっている様子を再現。
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祭殿3階。最高司祭者が祈りを捧げる場所。巫女が神がかりを行い、その結果を従者が2階へ報告しに行きます。

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北内郭を外から。

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北内郭近くに埋まっている甕棺。甕棺による埋葬は現在のところ九州北部でしか確認されていないそうです。
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歴代の王の眠る北墳丘墓の前にある祀堂。弥生時代後半になると、北墳丘墓は王の墓から祖先の霊を祀る祭壇として信仰の中心になっていったといいます。
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祖霊の宿る柱。北墳丘墓を守る祖先の霊が宿ると考えられていました。
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北墳丘墓内部。北墳丘墓自体は約40メートル×24メートル、高さ4.5メートルあったとされます。

王、王を支え各業務の管理をする「大人」、市を管理する「市長」、市を警護する兵士、祭りを取り仕切る司祭者、食物や織物を生産する庶民というように、現代とそう変わらない社会が形成されていることがよく分かる施設でした。

今回は復元されている住居や資料館をゆっくりまわったら3時間くらいかかりました。甕棺群を再現したスペース、当時の植生を再現した森などもありますが、少し離れている上に台風が来ていたので今回はスルーします。

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売店で買ったうれしの茶。渋みがなく、「甘くて旨い」のキャッチコピー通り、砂糖を入れていないのに茶葉特有の甘みを感じて旨いです。全国展開されていたら普段から買うくらい。

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佐賀駅に来ました。

今回の宿泊場所はこちらです。

●コンフォートホテル佐賀
佐賀市駅前中央1-14-38。
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清潔感や利便性も値段相応な可もなく不可もなくな部屋。枕元にコンセントあり。駅から1分ほどの距離なのはすごくいいですね。

一眠りして昼食です。

●食想市場元気じるし
佐賀市神野東3-1-46、17:00〜24:00営業、日曜日休み(月曜日が祝日の場合日曜日営業の月曜日休み)。
呼子のイカを中心に佐賀のものを扱う居酒屋。
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有明鶏のからあげ。そこまで味つけが強くなく丁寧にあげられており、鶏の質で勝負してやろうという気概を感じました。
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佐賀名物イカしゅうまい。イカの香りがきちんとします。
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佐賀っぽくないけど食べたかったので頼んだにんにく丸あげ。
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刺身茶漬け。確認したところ「この辺りの魚ではない」とのことですが食べたかったので頼みました。

全部で2180円(ビール中ジョッキをコンフォートホテル佐賀でもらったチケットで無料にした場合)。駅近で佐賀のものを食べられていいんじゃないでしょうか。ただ、ガチの居酒屋(お腹にたまる定食や一品ものはない)なのでお酒が飲める方向けです。

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レジ横に駄菓子があって1つもらいました。

これで5日目は終わりです。



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